見えなくなって見つけた「扉」
私は69歳の盲人です。47歳から白杖を使うようになりましたが、今は、目が見えていた頃よりも、見えなくなった今の方が幸せだと思っています。
これは無理をしているわけでも、負け惜しみでもありません。本当に幸せなのです。
その理由のひとつに、ある盲人の先生との出会いがあります。
私は40歳手前で網膜色素変性症と診断され、「将来は見えなくなるかもしれません」と告げられました。
慌てた私は、「何か準備を」と思い、点字を習い始めました。
しかし、点字を読むのは想像以上に難しく、「もう無理だ」とあきらめかけました。
そのとき、点字の先生が教えてくれました。
「目が見えず、両手も失った方が、唇で点字を読まれたそうですよ」
私は「唇で点字を…」と衝撃を受け、「もう一度頑張ろう」と勉強を続けました。
やがて読めるようになり、新しい人生の扉が開いたのです。
そこから新しい夢が生まれ、挑戦し、幸せを手に入れられるようになりました。
その「唇で点字を読まれた人」は、私の中では“幻の人”でしたが、あることがきっかけで実際にお会いすることができました。
その方は、元盲学校の教師でいらっしゃった藤野先生です。
先生は私に、“車椅子の指揮者”ジェームズ・デプリーストさんの言葉を教えてくださいました。
「障害を壁と思うか、扉と思うか。それは本人次第」
この言葉は、私の心に深く刺さりました。
扉と思えば、未来は開けます。
障害とは、視覚障害のように身体だけのものではないと思います。
年齢やお金、学歴、性別なども、ときに壁のように感じられることがあります。
弱い私は、ついそれらを「できない理由」や言い訳にしてしまいがちです。
しかし藤野先生は、70歳を過ぎてからパソコンを使い始められました。
先生は両目が見えず、さらに両腕も肘から先がありません。
それでもパソコンを使いこなしておられるのです。
普通なら、「もう歳だから」「目が見えないから」と言いたくなるところです。
だから私は、藤野先生の前では「できません」と言えません。
何かに行き詰まったとき、先生のことを思い出すと、不思議と壁が扉に見えてくるのです。
「障害を壁と思うか、扉と思うか。それは本人次第」
私はこれからも、目の前の出来事を扉として受けとめ、一つひとつ開いていきたいと思います。
コラムを書いた人
にしかめ まこと西亀 真
盲目のセラピスト・アイマスク講演家。「幸せの入り口屋」初代当主。広島県三原市生まれ。
百貨店でシステムエンジニアとして勤務後、難病「網膜色素変性症」を発症。視力を失う中でカウンセラー資格を取得し、産業カウンセラーとしても活動。現在は全国で講演活動を行い、「感謝と挑戦とあきらめない」をテーマに心を整えるメッセージを届けている。
はこちら
著書のご紹介
西亀真さんはこれまでに
2冊の著書を出版されています。
幸せの入り口屋いらっしゃいませ
盲導犬シエルと歩いた幸せの道

@manaby_honmachi
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